Startup Weekend 釧路(以降、略称「SW釧路」)は、週末54時間でアイデアを形にする起業体験イベントだ。
最終日にはビジネスアイデアの発表が行われるが、そこで生まれた全てのアイデアが、そのまま事業として継続するわけではない。それでも、たった3日間の挑戦が、その後の人生を大きく動かすことがある。
今回は、SW釧路での優勝をきっかけに、実際に起業という道へ踏み出した
SW1stの優勝者・北海道教育大学札幌校4年生「布川 舞桜(ぬのかわ まお)さん」
を取材。もともと起業志向だったわけではない。むしろ、本人いわく「騙されたというか、勘違いが参加のきっかけ」だったという。そんな気になる体験談と共に、SW釧路での54時間を振り返りながら、その後どんなアクションが生まれ、今どんな未来を見つめているのか、お話を伺った。

#1. 「起業するつもりじゃなかった」——参加のきっかけは、まさかの“勘違い”#
**佐々木:**今日はよろしくお願いします。まずは、初めて布川さんを知る方も多いと思うので、簡単に自己紹介をお願いしてもいいですか。
**布川さん:**はい。2001年札幌生まれで、撮影時点では24歳です。教員になりたくて北海道教育大学に入学しました。そこで、給食を残してダイエットをする子どもたちに出会って、ルッキズムという課題に興味を持つようになりました。2022年にStartup Weekend釧路に参加して、その場で課題に対するアイデアを出し、そのまま起業して今に至ります。
**佐々木:**今は、その起業した活動をメインに動いているんですか?
**布川さん:**最初に立ち上げたルッキズムに関する事業は、一部を譲渡しています。今は、その根本にある自己効力感や孤独の問題により関心があって、大阪大学と研究をしながら、大阪をフィールドに事業を行っています。
**佐々木:**そもそも、起業にはもともと興味があったんですか?
**布川さん:**いや、全然です。むしろ、騙されたんです(笑)。
**佐々木:**だ、騙されたとは、どんなふうに?
**布川さん:**教育にどうしてこんなにお金が回らないんだろうって友達に愚痴っていたら、「その答えが分かるイベントがあるから、釧路に行ってみない?」って言われて。それで行ってみたら、着いた瞬間にピッチしなきゃいけないし、いきなり3日間が始まるし。全然、起業するイベントだと思っていなかったんです。

起業を目指していたわけではない。けれど、もともと自分の中にあった「教育への違和感」や「子どもたちのしんどさを何とかしたい」という気持ちは、本物だった。だからこそ、予想外のスタートだったにもかかわらず、その場で言葉にできたのだろう。
#2. JRが鹿にぶつかって遅刻、到着30秒後にピッチ!?#
**佐々木:**参加する直前の金曜日の夜って、どんな気持ちでしたか?
**布川さん:**とりあえず行ってみよう、くらいの感じでした。しかも私、札幌から釧路ってもっと近いと思っていたんですけど、意外と遠くて。JRが鹿にぶつかって、私だけ遅れて会場に着いたんですよね。で、着いて30秒後くらいに「このグループの番です」って言われて。
**佐々木:**すごい始まり方ですね……!
**布川さん:**30秒で、自分がその時いちばん気になっていた「子どものこと」をそのまま出した、という感じでした。
**佐々木:**最初の1分ピッチ、手応えはありましたか?
**布川さん:**全くなかったです。とりあえず1分間、頑張って伝えようっていうだけでした。

事業アイデアが明確に固まっていたわけではないが、「ルッキズムの悩みを何とかしたい」「美容に関わる人たちが相談に乗ってくれたらいいのではないか」——そんな、まだ輪郭の柔らかい問題意識があった。
#3. 若いチームだったからこそ、とにかく動いた
**佐々木:**集まったチームメンバーの第一印象はどうでしたか?
**布川さん:**私のグループはほぼ学生で、1人だけ社会人の方がいらっしゃいました。いろんな人に「一番若いチームだね」って言われて、「若いってことは経験がないってことだな」と思いながら、一緒に頑張ろうねって話したのを覚えています。
**佐々木:**でも、当時の印象としては、かなり動いていたチームでしたよね。
**布川さん:**そうですね。私たちは、周りのチームみたいにビジネス経験で勝つのは難しいと思っていました。だから、その中で何ができるかを必死に考えて、街に出て話を聞くとか、美容専門学校に電話をかけるとか、とにかく行動するしかないと思っていました。
実際、彼女たちは会場の外に出て街頭ヒアリングを行い、道内の美容専門学校にも電話をかけ、現場の声を集めた。
知識や実績では敵わないかもしれない。だからこそ、足を使って、自分たちにしかできない方法で前に進んだ。
**佐々木:**街の人へのヒアリングはどうでしたか?
**布川さん:**学生が聞きに行っていたからか、怪しまれるというよりは、「何のために聞いてるんですか?」「大学の活動ですか?」と、釧路の方はすごく快く答えてくださいました。

この“フットワークの軽さ”こそが、彼女たちの強みだったのかもしれない。
#4. 土曜日の過酷さ、厳しいメンタリング、それでも折れなかった理由#
**佐々木:**進める中で、「これなら優勝できそう」と思う瞬間はありましたか?
**布川さん:**いや、全然なかったです。むしろ、メンタリングではかなり厳しく言っていただいて、みんなで外に出て泣いたこともありました。優勝したいというより、とにかく形にしたい、その気持ちが一番強かったです。
**佐々木:**土曜日って、やっぱり一番過酷ですよね。チームの中で意見が割れたりはしなかったですか?
**布川さん:**ちょっと私が頑固だったので(笑)。何を言われても絶対変えない、みたいな感じだったので、私の中ではあまり割れた記憶はないです。
**佐々木:**その頑固さが、逆にチームの推進力になったのかもしれないですね。
**布川さん:**どうなんでしょう(笑)。でも、迷うより進む、という感じではありました。

ビジネス経験では敵わない。マネタイズもまだ甘い。それでも、彼女たちには「この課題をどうにかしたい」という熱量があった。そして、折れそうになっても、立ち止まらずに動き続けた。
#5. 最終プレゼンで見えた“足りなさ”が、その後の原動力になった#
**佐々木:**プレゼン当日は、どんな気持ちでしたか?
**布川さん:**審査員の方が3名いて、前半2名の方は「ここは甘いけど良い視点だね」と言ってくださったんです。でも、1人の方がすごく厳しくて、一番できていないマネタイズの部分について質問してくださって。そこが自分たちでも一番考えていたところだったので、怖いなと思いながらも、ちゃんと話せたのは大きかったです。終わった後は、みんなで「あの話ができて良かったね」と言っていました。

優勝したこと自体ももちろん大きい。けれど、それ以上に大きかったのは、自分たちの「足りなさ」と真正面から向き合えたことなのかもしれない。厳しい問いを投げかけられたからこそ、その先に進む覚悟も生まれた。
#6. 優勝のあと、なぜ本当に走り出せたのか#
SWでは、優勝したチームがそのまま起業するとは限らない。
むしろ、イベントの中で完結するケースの方が多いかもしれない。では、なぜ布川さんは、その後も走り続けることができたのだろうか。
**布川さん:**目の前に悩んで苦しんでいる子がいる、という現実は、SWの前も後も変わらなかったんです。教員になって何とかしたいと思っていたけど、それだと2年後、3年後になる。でも、ビジネスだったら今すぐ何かできるかもしれないと思ったんです。
佐々木:“自分で選んでいい”って気づいたんですね。
**布川さん:**はい。「じゃあ、今すぐやってもいいんだ」って。釧路で、それに気づかせてもらった感じがありました。
イベント終了後、チームメンバーとも率直に話し合ったという。
布川さん:「これから走るんですけど、ついてきますか?」っていう話をしました。社会人の方はお仕事もあるので、「応援してるよ」と言ってくださって。他の学生メンバーは「一緒にやろう」と言ってくれて、そのまま続けていく形になりました。

計画的に始まったわけではない。けれど、だからこそリアルでもある。「できる?」「やろっか」——そんな会話から、次の一歩が始まっていった。
#7. とにかく応募した。とにかく会いに行った。そこで広がった挑戦の輪#
その後は、釧路で生まれたチームを土台にしながら、エンジニアと新たに組んだり、サービス実証を重ねたり、事業をブラッシュアップしていったという。
オンラインでの悩み相談サービスにも取り組み、その過程で多くの支援者やメンターと出会った。
**布川さん:**いろんな人に助けていただきました。十勝の方だったり、野球チームの方だったり、若年層向けの創業支援プログラムだったり、本当にいろんなところに応募して、とにかくがむしゃらにやっていました。
**佐々木:**まさに“ALL ACTION”ですね。
**布川さん:**そう言ってもらえると嬉しいです。本当に必死でした。

釧路で始まった挑戦は、やがて地域を越え、企業との協業や大学との研究へとつながっていった。その原点にあったのは、54時間の中で得た「やってみてもいい」という感覚。
#8. 起業は“遠い世界”のものじゃなかった#
**佐々木:**参加前後で、起業や新しいことを始めることへのイメージは変わりましたか?
**布川さん:**すごく変わりました。参加前は、起業もビジネスも、自分とはちょっと距離の遠い人たちがやるものだと思っていました。でも実際に参加してみると、メンターの方やいろんな人が話を聞いてくれて、「やりたいならそのまま続ければいいじゃん」と言ってくれて。54時間だけだと思っていたんですけど、その54時間で、自分とビジネスの距離がすごく近くなった感じがありました。

SWは「起業家になりたい人」が参加する場だというイメージを持つ人もいるかもしれない。けれど布川さんの言葉から伝わるのは、SWはむしろ「まだ言葉になっていない課題意識」を持つ人にこそ開かれた場だということだ。
#9. 今向き合っているのは、“誰もが社会の一員だと思える世界”#
**布川さん:**今は、北海道や東京、長野の美容系企業さんと協業させていただいたり、大阪大学で研究とアクションリサーチを進めたりしています。外見に悩んだ時に、シニアの方や障害のある方、寝たきりの方が「社会に参加している実感を持てない」という課題があると思っていて。それって、不登校の子どもや、学校にいるけど一人ぼっちに感じている子にも通じると思うんです。
**佐々木:**テーマは変わっても、根っこはつながっていますよね。
**布川さん:**そうですね。私は、みんなが「私は社会の一員だ」って言える世界がいいなと思っていて。社会に参画することが、健康や幸福感にどんな影響を与えるのかということも含めて、大阪ではNPOの事業として進めています。

現在、布川さんは、かつて取り組んだルッキズムの課題をさらに広げ、自己効力感や孤独、社会参加というテーマに向き合っている。ジャンルや肩書きで切れるものではない。美容でも、教育でも、福祉でもなく、その根底にあるのは「温かい社会がいい」という願いなのだろう。
#10. だから今、釧路で「人生会議」を開きたかった#
そんな布川さんが、釧路で開催したのが、「人生会議」というイベントだった。

【既に終了】2026年3月15日(日)「人生会議くしろ」
**布川さん:**私にとって、ビジネスとしての最初をつくってくれたのは釧路だと思っているので、絶対に釧路でやりたいと思っていました。人生会議って、厚労省が打ち出している「いざという時、自分の人生について周りの人と話し合っておこう」という取り組みなんですけど、私たちがやりたいのは、終活としてだけではなくて、自分の未来や街の未来をポジティブに考える場なんです。
若者からシニアまで、立場や世代を越えて集まり、
「自分はこれからどう生きたいか」
「この街でどんな未来をつくりたいか」
を話す。
その先で、「じゃあこんな人と一緒にやったらいいんじゃない?」という次のきっかけが生まれる場を目指しているという。
しかも今回、釧路では多くの人が自然に力を貸してくれた。
**布川さん:**チラシを配ってくださったり、イベントページを整えてくださったり、学校の先生が周知してくださったり。ポスター掲示も、札幌では苦戦したり大阪では断られたりしたんですけど、釧路では大学1年生のメンバーが15件回って15件全部貼らせてもらえたんです。本当にびっくりしました。
**佐々木:**釧路の街に、あったかい人たちがたくさんいてくれたんですね!
**布川さん:**本当にそう思いました。釧路って、すごい街です。

11. 迷っている人へ——54時間が、その先の迷いを短くしてくれる#
**布川さん:**私が何かに参加する時に迷う理由って、うまくできなかったらどうしようとか、浮いたらどうしようとか、そういうことなんです。でもこのイベントって、その「失敗したらどうしよう」で悩み続ける時間を、ぎゅっと短くしてくれるイベントだと思うんです。
54時間参加したら、その後の人生で「どうしようかな」と悩む時間がきっと減る。
「やってみよう」「行ってみよう」「だってできるもん」
そんなふうに、自分の足が少し軽くなる。
**布川さん:**絶対に浮かないし、失敗ばっかりだし。でも、それがいいんです。今たくさん迷っている人ほど、最終的には参加してみてほしいなと思います。

編集後記#
「起業したい人のイベント」だと思っていたら、少し違うのかもしれない。
今回のお話を聞いて感じたのは、Startup Weekendは、何かを始めたい人だけの場ではなく、“まだ始めると決めていないけれど、心のどこかに違和感や熱量を持っている人”のための場でもあるということだ。
「起業」とは、起業が身近な人や、起業という選択肢が自然と視界に入る環境にある人だけのものではない。そうした環境にいなかった布川さんも、SWに参加したことをきっかけに自分の課題意識を行動へ変え、起業という道へ踏み出した。その歩みは、SWがまだ言葉にならない違和感や熱意を、現実のアクションへ変える場になりうることを教えてくれる。
騙されたように参加した釧路で、人生が動き出した。
その後も、うまくいく保証があるわけではない中で、布川さんは「今すぐやってもいい」と自分に許可を出し続けてきた。
その姿は、まさにSWが大切にしている言葉そのものだ。
No Talk, All Action.
Profile

布川舞桜
2001年北海道札幌生まれ。教育実習中に給食を残してダイエットをする小学生に衝撃を受け、ルッキズム解決のためのオンラインサービス「Tasuki」を立ち上げる。休学し、21歳で起業。復学後、インドの財団と協業し孤独解決研究を行う。
Instagram:https://www.instagram.com/mao._.7